以下に掲載しているのは、サークル発足時よりサイトに掲げている「設立の趣旨」です。Random Walk を始めるにあたり記したものであり、過去に一度も手を加えたことはなく、文字通り原点と言えるものです。
このページを開いたのも何かの縁。せっかくなので、しばしお付き合いいただければ幸いです。
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すべての出発点は、当然と言えば当然のことですが、“創りたい”という気持ちです。
創りたい作品をつくって生きていけるのなら、これに勝る幸福はありません。
そう思う者としては、いわゆる新人賞を経てプロの漫画家、プロの作家としてデビューすることを目指すのが、一番自然なことかもしれません。
しかし、そういうことを考えていると、なんとも言えぬ違和感を抱くようになりました。
創作意欲が、得体の知れない何かに制限され、抑制される感覚。
自分が好きなものを創って生きていけるならそれが一番だ。
ならば、それを仕事としたい。
ならば、プロになることがいいのだろう。
ならば、どこかの新人賞を通らなければならない。
ならば、新人賞に通るようなものを創らなければならない。
新人賞の審査員の眼鏡にかなうものでなければならない。
商業誌の新人賞となるわけだから、商業的に成功できる人間だと思ってもらえなくてはならない。
商業的に成功するということは、多くの人に評価されると思われるものをつくらなくてはならない。
そういうものをつくることで、道は切り開ける。
よくよく整理してみると気付きます。
「自分が好きなものを創りたい」からスタートしたはずなのに、なぜか「多くの人に評価されると思われるものをつくらなくてはならない」に至ってしまった。
これはおかしいだろう、と。
楽しく幸せな人生を得るためにお金を稼ごうとしていたのが、お金を稼ぐことに執着して逆に幸せな人生を犠牲にするような。
それは、明らかすぎる矛盾。
「僕たちは、自分たちが創りたいと思うものを創りたい」。
これだけは、その他のどのような条件にも勝る最優先事項です。
このわがままを丸ごと抱きかかえた状態で、どんな生き方ができるのか?
そのひとつの答えが、自分たちで同人サークルを立ち上げることでした。
創作を志す者にとって、“自由”とは、何物にも代えがたい価値があるものです。
だからこそ、自分たちの土台は“自由”にしよう。
そう考えて、その輪郭を思い描いているうちに、これ自体がひとつの創作活動であるように感じられてきました。
「Random Walk」という名の作品をゼロからつくりあげていく作業。
そこに、求めていたものにつながるきっかけを垣間見ているような気がします。
作品の土台は“自由”。
僕たちは、その土台の上にこれから創り上げていく作品の骨組みを加えていく。
それは、組織における指針であり、その存在意義を定義するものであり、時間経過や状況変化に耐えうるほどに確かで、自分たち自身を欺くことなく貫き通せるほどに強いものでなければならない。
そう考えた僕たちが、“自由”という名の土台の上に構える三本柱は、端的な三つの言葉。
「伝える」、「楽しむ」、「超える」。
「伝える」。
伝えるということは大切だ。
どんなものであっても、伝わって初めて価値が生まれる。
大事なのは、物質的な意味でただ「存在する」ことではなく、「伝わる」こと。
伝わることで初めてそれは、意味を持つ。
あなたに伝わって、初めて意味を持てる。
だから、物質社会の忘れ物を、少しずつ拾い集めていきたい。
そして、フィクションとノンフィクション、オリジナルとコピー、物質と生命、生と死など、あらゆる境界線が曖昧になってきた混沌の現代をかきわけて進むための、羅針盤のひとつとしたい。
「楽しむ」。
楽しむということはすべての原動力だ。
それは創作活動においても明白にあてはまる。
楽しんでいない人が創った作品が、人を楽しませることはない。
そして、楽しんで創られた作品には、そうでない作品にはない輝きがある。
これがすべてではないけれど、これがなければなんにもならない。
だから、楽しむことに躊躇せず、突き進むためのエネルギーとしたい。
すべてを楽しみ、すべてをエネルギーとしたい。
「超える」。
人は、超えなくてはならない。
超えていけば、今よりもっとおもしろいどこかへ行ける。
理屈ではなく、確信。
ロクなことにはならないよ。
そう思ったあなたも、僕たちの未来を見たことはない。
そもそも、「絶対に超えることができない理由」を僕たちは知らないし、見つかる気もしない。
超えることに貪欲であり続けたい。
「Random Walk」。
ふらふらと、気まぐれに、不規則に、でたらめに歩く。
世の中の大多数の人たちを基準とすれば、そう見えるかもしれない。
でも、僕たちは思う。
目的地に向かって真っ直ぐ歩くことだけが正解じゃない。
最短の道が最善の道とは限らない。
僕たちは「Random Walk」だ。
故に、Random Walkを立ち上げた。
ここに記した揺るがない思いをどこまでも抱え、「Random Walk」の末にどこにたどりつけるのかを、僕たちはただ純粋に知りたい。
2010年10月1日 Random Walk